由加山村33観音石仏タイトルに戻る

由加山村33観音石仏15−21

この8観音は、由加山蓮台寺の裏山といってよいところにあります。21番のところで聞きました。「この横を北に下ると、すぐ奥迫川なんですよ」と。どうやら由加の東北方面の児島湾からの参詣道に立ち並んでいる観音様たちのようです。15番は旧の「観音堂」の横にあり、そこから裏山に分け入って、16,17と続きます
 15番蓮台寺観音堂の境内、右手後ろすぐのところにあります。ルートから言えば、ここが4ルートともの結願なのですが、なぜか15番です。130cmもある大きな船形石に、彫りも立派で、花に包まれた観音像。ここの石仏群の中でも特別に立派です。
 右横に「安政四」と世話人の名が見えます。1857年といえば幕末、ペリーが浦賀に来て、日米間の交渉が大詰めだったころです。この由加山村33観音石仏は、それぞれに寄進者が違い、また石仏の彫りや大きさも違います。動乱の幕末、平安を祈って多くの信者達が競って寄進し参詣道に立ち並べたのでしょうか?。

 16番15番の右横から裏山に回りこみ、俳句の道を過ぎて桜園地で広い道に出ます。トイレの左奥の山道へ分け入って、頂上を少し過ぎたあたりです。地図だとここは真北の児島木見あたりからの参詣道だったのでしょうか?

 17番桜園地前の道を東へ進みます。坂を下りたところの右に小さな上り口があり、その山道を上がっていくと尾根上にありました。

 18番17番への上り口から、だらだら坂を降りていくと道の右側にありました。

 20番18番からかなり道を進まないといけません。しかも今の道の谷向こう側にあるのです。人家がありたくさんしいたけを収穫しておられた老婦人に話を聞けました
 「昔はあそこをお遍路さんがたくさん通っていたそうです。左下の池の辺りから上がってきて、あの向こうへ道が続いていたんです。」
 なるほど、そうすると18番のほうへ行けそうです。
 21番20番を谷向こうに見ながら東へ進みますと、上峠(かみとうげ)という集落にでます。道が大きくカーブする手前左上にありました。ここらを地蔵峠とも言うようです。
 「この横の坂を下っていくと、すぐに奥迫川に出るんですよ。私らも(宇野線迫川駅への)近道で、岡山に出るにも便利がいいんです。」なるほど急坂の道が続いていました。そしてここから南へ人家沿いに下ると、20番への上がり口である池に出るようなんです。
 この21番は、位置がちょっとした死角に入っているため、オリエンテーリングのルートでも見つけにくい1つだと言うことでした。