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足王神社(赤磐市山陽団地横)

て、手が痛い!!お正月のある日、家内で片付け物していたところ、左腕が次第に痛くなりました。寒さで筋肉が固まっているときに、なんだか重いものを持ってひねったのかな??と思っていたのですが、一向に治りません。寝ていても目が覚める始末・・・。
 思い立って初詣に行くことにしました。先日のTVで、「足の病気に効く足王神社」が報じられていたのです。以前には何回か行った事のある赤磐市の山陽団地のすぐ横らしいです。おっ、これは今年の初詣は決まり!!!  当日はお昼から時間を空けて行って見ました。山陽団地の西の端です。道路には帰省したみなさんらしい他県ナンバーの車が路上駐車中。ということはおいておきまして・・。

 お正月は3が日のみの行事らしくて、この日は閑散としていました。正面の鳥居の前に車を置いて・・・・おっと、何やら真っ黒いものが左右に・・・。足だ~~。足の真っ黒い置物が狛犬然として左右に並んでいるではありませんか。あれっ、「あ・うん」がありません?少し奥の鳥居の向こうには普通の狛犬があります。こちらはもちろん「あ・うん」。さすが足王神社ですね。

かたわらには神社由来が

 「江戸時代の終わりに梶浦勘助という人により祭られた神社。足名椎(あしなづち)命と手名椎(てなづち)命が祭神。1953年大国主命も祭神に・・・・特に足の神様として有名で4月の大祭には全国から・・・(要旨)」とあります。

 えっ、足名椎、手名椎といえば、ヤマタノオロチ伝説で、川の上流に住み、大蛇の被害を受けていたご夫婦・・・。たしか「オオヤマツミ」という山ノ神の子たちですね?それがなぜか足の神様に??ま、「足名椎」と足の字があるから?ということだそうですが、ま、あまりにも心もとない論拠ですね。でもまあ、足の病気が治るなら何でもいいのかもしれません??
 この神社を創建した江戸初期の梶浦勘助という人が、足が心もとなかったのかもしれませんし??
 で、「病を切る」ために昔から「鎌」を奉納するしきたりがあるとか?下段には「鎌殿」(あれっ、吉備津神社のお釜殿とはちがいますね?)があって、表には大きな鎌が、中にはうず高くこれまた鎌が奉納されていました。すごいです。我はといえば、わずかに5円玉や1円玉をあちこちにぱらぱらと・・・?
 上段には拝殿と本殿。漆喰で塗り固めた白い建物が立派です。手が治るようにと、文字通り困ったときの神頼みという我には、足名椎様でも手名椎様でもかまいません。神頼みした上に今晩もバンテリンを塗って・・・などと考えているのでした。
 でも、傍らにはとても素敵な池もあり、ヤマタノオロチに襲われていた夫婦神、いいところでお祭りされているようですね。足の神様、病を切る神様として、お二方、幸せなのかもしれません。私も参らせていただきましたです。はい!!(2012,1)
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