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秩父観音霊場その2
真っ赤になってしまったの巻き

 およそ5年ぶりの秩父です。えっ、秩父って何?ですって。埼玉県の西部で、古くからの歴史に彩られた大きな盆地・・・。いや、それはわかっている。なぜお前が秩父に?ですって。そ、それは失礼、実は日本百観音めぐりの1つで、5年前にこの秩父34観音のうちの14箇所を歩いて巡ったのです。そのときの印象があまりに良かったので、早めに来ようと思っていたのですが、今回やっと2回目に訪れることが出来たものです。

横瀬川両岸の聖地たち

 前回は徒歩で街中やらその周辺を中心にして14箇所を巡ってしまったので、残りは周辺ばかりになってしまいました。これをまともに歩きで行くと、一日数箇所しか巡れないことになりそうです。そこで問い合わせたところ、幸い自転車を貸して下さる方がいる様子。ラッキー、というわけで、喜び勇んで自転車の旅になりました。  まずは前回残した東部の横瀬川周辺の霊場から巡ることにしました。秩父盆地は荒川と横瀬川という大きな2つの川が流れていて、東側が横瀬川で、自治体も横瀬町になっています。  まずは横瀬川を望む水田地帯にある10番大慈寺。そして5番語歌堂です。語歌堂は田園の中にぽつんとお堂が・・・。納経はご近所のお寺さんがやっておられました。

10番大慈寺

5番語歌堂

 次は4番金昌寺。これは人家の背後の山中にある大きなお寺。来て見て驚きました。何と多くの石仏、石仏、石仏・・・。こんなお寺さんは初めてですね。古いものから新しいものまで。最新は最近まで40数年間納経帳を書き続けて、90数歳で亡くなられた方の夫婦像。なかなかいいではありませんか。

 そして川を渡ると3番常泉寺。ここはアジサイ寺として有名のようです。ちょうど梅雨時に訪れたので、絶好の季節、美しいアジサイをゆっくりと堪能させていただきました。

痛々しい武甲山・観音様もさぞかし・・
 それにしてもこうして巡っていて、いつも見える立派な山があります。
 秩父盆地の南に位置し、あの日本武尊の伝説にも登場する名山「武甲山」です。ところがその姿は、周り中から削られたあとが目立ち、痛々しい姿です。石灰岩採掘のためだそうですが、「2002年現在の標高は1,304メートル」などと、どうやら標高まで変わった様子。かって日本武尊が「勇者の肩を怒らせるが如し」と言ったという山容の名残をとどめる姿は、知らない私にはまだまだ立派です。しかし、「昔日の面影無し」と表現される現在は、秩父の観音様もさぞかしお嘆きなのでしょうね。

一番さんと秩父一の難所のこと
 次に訪れたのは秩父34観音の1番札所四萬部寺(しまぶじ)です。前回は秩父市街地のお寺さんが多かったせいか、小さなお堂のみの霊場が結構多かったのですが、今回は郊外の霊場が多いせいか、どこも立派なお寺さんが霊場になっています。ここもさすが一番さんと思わせる上品なお寺さんでした。


 そしてここからが大変。2番札所の看板を入ってからは、約2キロの山道ばかりです。それも急坂が続きます。自転車を押しながらの登山はきついものですね。ハーハーゼーゼー、そしてしょっちゅう休みながらたどり着いたのは、山中の瀟洒な観音堂でした。どうやら2番真福寺は秩父霊場一の難所らしいのです。
 そのうえに納経を受けるには、上りに増した下りの急坂を、自転車を引きながらの苦行となったのです。もちろん乗って快適にとはいきません。やっとふもとの光明寺という納経が受けられるお寺さんにたどり着いたときには、汗がダラダラ。付け加えますと、この日は梅雨の中休みで、太陽がギラギラと照りつけ、盆地の秩父は30度を軽く超えた様子だったのです。

 終わった後は、顔も手も、みっともないくらい真っ赤になってしまっていました。よっぽど「今日はもう止めて・・・」と考えてたものでした。でも、昼ごはんに、私に珍しく豪華版(量が多いという意味)を食べると、次へと言う元気が沸いてくるから不思議なものですね。(2009,6)

PS:武甲山の項はWikipediaを参考にしました。