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立山黒部 膝栗毛


2026年7月9日 17:40
 このレポートは、上記の日付で、noteにアップしたものです。
目次
第一章 一日目、さっそくにも
第二章 人生4度目のアルペンルート
第三章 スーパーカミオカンデ
第4章 早速「作家モード満開」に・・・
第5章 冬季オリンピックの「豪華おやど」に
第6章 黒部ダム・・・大放水・・・
第7章 室堂と弥陀ヶ原
第8章 富山でのお酒と三題噺
第9章 黒部トロッコ電車
第10章 合掌造り・白川郷

第一章 一日目、さっそくにも

 あれっ、無い、
 切符が無い?
 小カバンのなか、ズボンのポケット、シャツのポケット、、、
 どこにも無いー?

 ここは岡山駅の構内。今倉敷駅からの列車でついたばかり。改札口の列に並んだばかりです。
 倉敷駅で買った330円の小さな切符が見当たりません。このままでは、目の前のツアー集合場所までも行けません?

 今朝は今年初めてのツアー旅行で、今年初めての新幹線だ?と楽しみにして家を出たばかりなんです。

◇ ◇ ◇

 ふと頭をよぎったのは、さっきの倉敷駅での同じ出来事でした。
 「れっ、無い?」「小銭入れが無い?」
 切符を買おうとして、ズボンのポケットを探ったのですが、あるはずの古銭入れが、あるはずのズボンの右ポケットの手に触らなかったのです。
 いつもここに入れているのです。見なくても、指で触って取り出している、小さな小銭入れ?
 一応革製で、なかなか古けない、小さな古銭入れが、?この指に触らない?

◇ ◇ ◇

 この時は、サッと千円札を別の財布から出して、事なきを得たものの、またここに来て、今度はあの330円の切符が無い?
 もしかしたら、この旅行、中止にしたら・・・なんて神様?からの警告?
 でも飛行機でなく、新幹線ですよ!と畏れ多くも反論させていただきました。

 改札口で聞いたら、「あちらの窓口で?」なんて、、、。やむなく横の窓口で、事情を言って、倉敷駅でいただいた「お釣り」の中から、330円をジャラ。

 と言うわけでこの旅行記、冒頭から変な書き出しになってしまいました。
 まして、十返舎一九をもじった?変なタイトルまで付けてしまったのでした。
 さてどうなりますことやら。

 結果は、帰って一晩過ごして、いつもの散歩をこなしてきましたから、大成功だったのですが?
 あー、どうなりますことやら、皆様お楽しみにー。

第二章 人生4度目のアルペンルート

 私、実は長野県立山一帯をめぐる「立山黒部アルペンルート」は、人生で今回4回目なんです。
 最初は私もまだ若かりし頃、二人の小さな子供を連れて、富山側から大町へと南下しました。当時の妻は赤ちゃんを背中に、長野で開かれた全国保育研究集会というのに参加して、あとで私たちと合流したのでした。

 1978年夏、そう、もう48年も経ってしまいました。記憶もおぼろですが、この文では「一回目」の記憶として重ねます。

 二回目は27年前、1999年の事です。まだ兼業農家もやっていましたので、地域の「農業総代の慰安旅行」としてきたのです。このときはさすがに農業総代でした。長野県の「ワサビ田」の見学などもあり。興味深い旅行となりました。

 三回目は2008年夏。参加できなくなった友人から、ツアーの代理をと頼まれての参加でした。この時には、我がホームページに3篇も記事を書いています。よろしかったら、下記をどうぞ。

立山黒部アルペンルート2

 ということですが、今回のツアー。なぜか2泊3日なのに、すごい盛りだくさんで、これまでになかった「上高地」「白川郷合掌造り集落」の二つがくわわっていて、日程もきつく、観光バスの走行距離も400キロ近いということ。  年寄りはバスに揺られるにも疲れて、疲れて・・・。
 というわけで、のっけから「さてどうなりますか?」なんて文章が飛び出す始末になったわけであります・・・。あら、
 「ということ・・・」が増えてしまいましたね。
 最近の私の「老年作家、ヨロヨロ爆走中」という表現そのままの記事になりそうです。

第3章 スーパーカミオカンデ

 名古屋からツアーバスで北上、上高地を目指したのですが、先日の大雨で途中が崖崩れ。通れないところができた・・・。ということで、大回りになりました。ところがうまいことに、途中にカミオカンデラボというものがあり、ツアーの便宜で、その展示場の見学ができました。あ、ちょうど途中になったサービスエリア内の展示施設が見れたということなのですけどね。
 元神岡鉱山(岐阜県飛騨市)は、奈良時代から掘削が始まった、日本最大の鉱山で、亜鉛・鉛、銀、石灰の鉱山でした。2001年、亜鉛、鉛、銀の採掘を中止していました。
 鉱山に含まれるカドミウムにより、下流、神通川流域で発生した「イタイイタイ病」が大規模な公害病として、全国に周知されたのは、まだ耳に残っています。

 その跡地に建てられたのが、「スーパーカミオカンデ」という国際的な大研究施設・・・・というのは、名前だけは知っていましたので、絶好の機会として、見学させてもらいました。

 素粒子の研究として、地下1,000mにある大規模施設。もう今回でないとみられない!興味満々のわたしは・・・。
 でも、目に見えない、小さすぎるものの研究。私には興味はあるが、理解できない研究?
 地球を含め、多くのものを、スッと通り抜けるごく小さいものの作用?
 老年作家?には、とても理解できそうにありませんでした。

第4章 早速「作家モード満開」に・・


 で、初日は倉敷からタクシー、JR、観光バスを乗り継いで、「上高地」まで。無事到着でした。
 2回目だったか、3回目だったか?忘れましたが、あの時にはバスを降りて、河童橋を渡って、記念写真を撮って、すぐにバスへ?・・・
 だったような???

 今日は、なんと、90分もの休憩、いや、観光・・・・。幸せー。です。
 ふーん、大正池って、あるのか?あ、昔にはバスから見て、解説を聞いただけだったような?こんどは・・・。
 添乗員の方からは、「手前で降りて、大正池を散策して、それから河童橋へ」と案内を受けましたが、今日一日の乗り物長かった・・・もう疲れた私たち。それに雨。
 したがって、河童橋横の駐車場までバスのまま。でした。

 で、橋を渡って、喫茶へ。
 私はそのまま「作家モード」って、こうかな?と。
 ま、パイプは私には似合わないから・・・。と、相方さんのカメラの前。

 あ、私の写真。AIさんに、少し手を入れていただきました。  

第5章 冬季オリンピックの「豪華おやど」に

 次に来たのは、初日のおやど。
 上高地からいったん松本へ。そこから長野道を北上というルート。そして、「ホテルグリーンプラザ白馬」。ここも、長いバスの旅でありました?

 えっ、あの「札幌オリンピック・・・」なんて言ったらおこられるでしょうね?そうそう、「長野オリンピック」でしたね。
 いつでしたか?1998年?28年前?
 私は54歳。お仕事現場華やかなりし時代でありました・・・。
 と言いましても、あんまり思い出せませんが?

 なぜか小都市の長野でのオリンピック。
 オリンピックと言えるような設備も何もない地方都市「長野」でした。
 そこへ世界の「冬季オリンピック」を呼ぼうと、IOCに対して、接待攻勢これつとめ、一発逆転・招致成功してから、ジャンプ台をはじめとした設備を大整備・・・。あれはたしか、どこやらの財閥?のおかたが力を入れた・・・。
あー、名前も出てこない。いや覚えていない・・・。

 で、
 このホテルもその一つ・・・。
 うーん。すごい。。。
 立派!
 美しすぎる・・・

 オリンピックがおわったあと、そのお方は「世界一の大富豪」に名を連ねられたような???

 やっぱり・・・。
 屋根のあちこちが、錆が出ているような?
 トイレのドアがこわれたまま・・・。
 あ、言うまい言うまい・・・。

 こんな立派なところへ、泊めていただいて・・・。
 おそれ多い!!!

 で、このツアーも、無理して遠い所へバスを・・・。
 なんだか今の日本を象徴しているような場所。

 ま、人口が減っていて、
 GDPも世界で低下する一方。
 外国人観光客ばかりが増えて・・・。
 あ、ここは、インバウンドとか言って、ごまかすのでしたな・・・。

 そ、外国人観光客に来てほしいけれど、ついつい外国非難のようなことばを言って、逆の目が出て・・・。

 お困りの目が、このホテルでもでているような?
 うーん。私たちはそのおこぼれで、安く泊まれているのかな?
 あ、そうかどうかもわからない?
 あー、何が何だかわからないような?文章になってしまう。
 そうとう我も「毒されている」ような?

 とにかく、朝とお昼のお食事は「自前」で・・・。いつでもどこでも・・・。
 という中で、このホテルだけが、やっと夕食支給・・・。
 しかもバイキング・・・。で・・・。
 あ、いうまい、いうまい。
 支給、しきゅう、至急?あ、失礼しました・・・。

 で、で、長野は大都会にでもなったの?
 ぜ、善光寺様は、お喜びになったの??
 え、しつこい・・・って。ごめんなさいね。ついつい・・・。

 

第6章 黒部ダム・・・大放水・・・

 さて、二日目はいよいよ「黒部立山アルペンルート」です。さあ、およそ50年前とどれだけ変わっているかなー。  でっかくなってるかなー?
 な、わけないか?でも、こちらは年取ってるんだから、若い頃よりでっかくて、水を出すのも、すごくて、立つ霧もすごくて、ひと山ふた山覆うくらいの霧なのかなー・・・。
 なんて・・・。でも、あの上の展望台まで階段をのぼっていくの?「無理!むり」
 堰堤(えんてい)っていう言葉くらい知っているんだから?
 放水口の対面(トイメン)まで位は行ってみようか?、、、

 おや、水の噴出口って、二つだっけ。昔から??
 ま、追加工事したとか聞かんから、昔から二つだったんだろうな?

 そんな、小学生みたいな疑問しか思い浮かばんのか?
 少し教えてやるけど、着工は1956年7月で、1963年6月完成。

 あ、そうなんですか?私が12歳から19歳の間の工事だったんですね。ありがとうございます。ふ~~~ん。

 ダムは徐々に土砂が堆積して、埋まっていくけど、ま、いまのところ2250年くらいまではダムとして持つと、計算されているらしいな。

 ふ-ん。瀬戸大橋が100年持つと言われているけど、それよりよっぽど長持ちなんですね。すごい!

 

第7章 室堂と弥陀ヶ原

 アルペンルートは、南の扇沢から、黒部ダム、黒部湖、黒部平、大観峰、室堂、弥陀ヶ原、美女平、立山 と、関電トンネルバス、ケーブルカー、ロープウエイ、高原バス、ケーブルカーと乗り継いで、途中休憩しながら、長野県から富山県まで抜けるルートです。

 ちなみにこの間の交通料金を集計しますと、個人一人 10,940円だそうでした。
 今回は途中の室堂で休憩、昼食になりました。ルート最上部(2、450m)のここは、けっこう寒く、みなさん通路の椅子に座って、震えていました。
 で、お隣が弥陀ヶ原という高原地帯で、湿原や花々が咲き誇る、散歩に最適なところなのです。
 ただ今回はバスで通り過ぎるだけでしたので、子供たちを連れて泊まって散歩を楽しんだ、48年前の第一回のことを、あちこち思い出しながらの旅行きと相成りました。

 ちなみに、

 やっぱり、私って”技術屋”なんですね。こんな画像を出してしまう???  

第8章 富山でのお酒と三題噺

 さて、立山黒部アルペンルートを通ったあとは、富山です。宿は富山駅前の新築ホテル。
 夕食は「自由食」でしたから、外へ出かけました。
 えっ、そうですそうです。もう断酒は終わって、アルコールは自己管理とは、お医者様に許可を得ている身です。
 Facebookで検索しましたら、出てきました。富山駅ビルの一角?にある富山の居酒屋さん。新築で、私の初飲みにぴったりのお店です。
 ゆっくりと、おいしかったです。
 お酒の解禁に、ぴったりでした。

 えっ、お前の酒なんかどうでもいいから、その三題噺とやらは、何なんだ?

 はいはい。そうでしたよね。翌朝、バスで富山県内を移動中、ちょっと興味を引くことがありましたので、そんな見出しをつけてみたのです。

1,烏帽子形送電鉄塔

 宿を出て、バスで走っているときです。「あ、変わった鉄塔がある」という相方さんの声。「え、どこどこ」「もう、向こうへ行ってしまった。早く見てよ。」・・・

 「あ、あれ、あれ!」
  窓越しに、変わった鉄塔が見えました。

 なんだか幅広く、角が生えているような?
 早速スマホを出して、「富山の変わった鉄塔は?」なんて、検索・ケンサク・・・
 なんでも、富山は黒部など、水力発電も多く、お隣の関西電力へも送電していて、関西電力からきた送電鉄塔は、広く、角が生えたような・・・。
 そして「烏帽子型鉄塔」と言われている・・・。雪対策にもなっている。

 ふーん。ということで、一題です。

2.屋根が真っ黒

 「あれ見て、屋根が真っ黒。あんな瓦かなー」
 またまた相方さんです。
  見ると、車の両方で何かキラキラと輝いているお宅が何軒も?
  何々!初めて見る!あれ、太陽に照らされてキラキラ・・・。
  きれいだー。
  あー。写真撮りたかったが・・・。取れずじまい?

  でも、何か富山県には「能登瓦」という、100万石の前田家肝いりの黒瓦があるとか。
 すごい!お宅まで立派に見える!!
 ということで、2題目!

3,宇奈月温泉の地名由来は?

 私実はこの黒部峡谷電車の始発駅、「宇奈月温泉」について、「えっ、誰かがうなづいた?の?」という疑問を持ってしまったのです。いたずら心満載の私。早速ツアー添乗員さんに聞いてみました。でも、「そんな!」と相手にされなくって・・・。

 駅員さんや、売店さんなどに聞いても同じです。「うなづいた」という例を出すこと自体が、ウソっぽい・・・とおもわれたようです。
 「かってここは桃原(ももはら)という地名だったのです。それがなぜ宇奈月になったのか、はっきりとはわかりません?」というのが現地調査の答えでした。
 「昔、どこかのお坊さんとかが、何かに『うん、そうじゃ』と大きくうなづいたのが、ここ 宇奈月=うなづき の地名の基ではないか?
 それに、漢字がすべて左右対称になっているのも、古い文化人であるお坊様の案らしい?」

 という私の説なんですけどねー。
 気になる方は、どこかで検索していただけたら、楽しい結果が出ると思いますよ。
 第8章 終わりでございます。お粗末様でした・・・。

 

第9章 黒部トロッコ電車

1,今回は両方楽しめて・・・

 次は、黒部トロッコ電車でした。これは、私の過去3回の黒部旅行で、1回しか来ていないところなのです。
 なぜかというと、立山黒部アルペンルートは、立山などの北アルプス連峰の西側を(今回で言えば)南から北へとなめて、富山に至るというルートです。
 しかしこの黒部トロッコ電車は、富山県の東部まで移動して、そこから黒部川、黒部峡谷に沿って、黒部ダムの工事現場に向かう、というルートで、出発点が大きく違うのです。
 二つのルートをとるときは、富山県内を東西にほぼ横断することになるというわけで、ルートが長距離になるのです。  でも、今回は、両方を楽しめる♡。素敵な旅でしたが、ヨロヨロ老人、疲れました・・・。

2.渓谷(けいこく)と峡谷(きょうこく)

 今回の旅には、クイズみたいな知識がいくつかついていました。まずは、渓谷(けいこく)と峡谷(きょうこく)の違いです。私は今までこうした谷は渓谷(けいこく)というのだと思っていました。
 で、漢字で「峡谷」と書いてあっても、「けいこく」と読み飛ばしてしまっていたようなんです?。
 ところが今回、「谷は谷でも、”U”字型の谷を、”けいこく”と呼び、漢字は渓谷。“V"字型の谷は”きょうこく”と呼び、漢字は峡谷」であることに気づいたのでした・・・。
 え、今頃・・・。といわれましても、「作家の、ま、まね事ですから・・・」

 なんて・・・。

 でも、前回にお隣に座られた方が「すごいなー。日本にもこんなすごい峡谷があるんだなーと、初めて知った。スイスなど、ヨーロッパには何度も行ったけれどもなー。」なんておっしゃっていたことを思い出していました。

3.冬用の通路もありました

 これは、遠くの黒部ダム工事現場へ、資材や人を運ぶ電車なのですが、乗って走っていますと、左側の山際に、何か変なものがあるのです。そういえば、前回の時も気付いて誰かに質問したような?
 「あれは、冬の作業員用の通路です。」

 「黒部峡谷鉄道も、冬の間4か月間は、運休です。でも、その間も作業は続くわけです。だから「冬期歩道」として、人ひとり通れる通路が設けられているんです。」・・・。

 すごい、そういえば、ところどころ、四角な穴があって、明り取りになっているんだ。納得の私でした。
 映画「黒部の太陽」にもなった、黒部第4ダムの建設作業。「男の人生をかけた仕事」とも言われた一角がわかった気がしました。

 先日の大雨で、このトロッコ電車、途中の崖崩れで、途中の「猫又駅」までしか通れず、残念でした。  

第10章 合掌造り・白川郷

 さて、あと残るは白川郷の合掌造りでした。宇奈月から、高速を走って、白川郷ICで降りて、間もなくでした。
 私実は、20年ほど前、富山へ来たことがあり、その時には旅程の途中、遠くからこの村を眺めた・・・ような気がしていたのです。でも、実際に来るのは初めてでした。
 そして、ここは富山県のはずでした???が、来て見ると、何と岐阜県だったようなのです。
 立派な「白川郷IC]ができていて、車の便が良くなっていたのです。
 時代はすすむのだなー。みんなの後について、ヨロヨロと・・・。

1,ここぞ、白川郷

 上記の写真は、あちこちで見る写真は、ここからとるのか・・・?というお写真です。現在の白川郷で、3軒も並んで取れるのは、ここのみではないかと。 パチリ!

2,明善寺庫裡(くり)

  さて、少し進んで、明善寺庫裡(くり)
 庫裡とは、お寺の住職や僧侶の住まい、台所や寺務所も含む。だそうです。



3.永瀬家さん

4,神田家さん

 ようやく中へ入れてもらいました。

5,国重要文化財・和田家さん

というわけで、今回の旅行、今年最後の旅行になりそうです。

このあと、自宅に帰って、二日ほど寝込むことにはなりましたが、不思議と後悔はありませんでした。

四度目の立山黒部。

若い頃とは違う景色を見て、若い頃には気づかなかったことを拾う旅になりました。

さて、次はどこへ「ヨロヨロ爆走」しましょうか。