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ミステリーツアー参加記・下

 ミステリーツアー、三日目は「鵜戸神宮」から始まりました。
 30年前にはここは通り過ぎて、もっと南の都井岬に行って、野生馬を見たことを思い出しました。

ひと山越えてのお参りでした・鵜戸神宮

 宮崎市から南へ、日南海岸の一角に鵜戸神宮がありました。実は参拝までの道が非常にきつい・・・・と脅されていました。私たちもどうしようか?と少しビビったのですが、石段の苦手な連れ合いさん、なぜか頑張られてしまいました。スゴイ!!!!現地に地図があるのを見ますと、どうやらひと山越えて来たようなんです。
 解説版を見ますと「日向灘に突き出た岬で、古来から信仰・修験の場。神話の山幸海幸の舞台としても本殿の建つ洞窟や周囲の名勝が伝えられてきた」のだそうです。
 さすが、我が連れ合い殿も神々のご加護を受けて、険しい道を越えてこの地に立つことができたのでしょうか?
 おや、山頭火さんの句碑もあります。この地に来られたようですね。

見たかった熊本城・天守閣が3つも??

 実は募集広告の最後に「日本100名城を遠望」とあったものですから、鵜戸神宮の近くの飫肥城を想像していたのですが違いました。天下の名城で、先の熊本地震で被害が出て、何度もテレビで見た熊本城でした。
 バスは宮崎自動車道から九州自動車道、熊本へと一気に走って熊本城についたのです。そこで自弁でお昼ごはん。お城の中に「城彩苑」という所があって、土産物屋や食べ物屋が集まっていました。で、「ぶっかけ海鮮づけ丼」を。美味しかったです。あ、もちろんビールも!!
 余談は置いておきまして、熊本城です。一目見て驚きました。えっ、何で天守閣が3つもあるの?そう、工事中で近づけませんでしたが、確かに天守閣と言えそうなものが3つも並んでいるのです。ふーん。
 順路に従って、近くまで寄ってみました。一番右がテレビで見慣れた天守閣です。そしてその横に少し小さい天守閣らしいものが。しかも今は土台が取り払われてがらんどう??そうしてもう少し離れて立派な天守閣がもう一つ(宇土櫓だそうですが)。すごいです。さすがは天下の名城ではありませんか。

 係の人らしき方に聞いてみました。
 「そう、右のが大天守です。横にあるのが小天守で、この2つは西南戦争で焼けて再建したものです。小天守の下は今は石垣を取り除いてコンクリートの土台柱だけで、がらんどうに見えますね。少し離れているのは宇土櫓です。これは西南戦争で焼けなくて、江戸時代のままです。」
 そうなんですね。でも、宇土櫓(写真下左)と言っても立派な五層の天守閣ですよね。江戸時代の天守を保つ日本の12城の中に入れてもいいんじゃあないでしょうか?えっ、ネットで検索すると、「熊本城には大小の天守閣とは別に、同規模の五階櫓(ごかいやぐら)が明治初年まで5棟(築城当時は6棟)存在します。」だそうです。凄いお城なのですね。さすが派手好み?の加藤清正さんではありませんか。
 
 ということで、加藤清正さん、神になられて「加藤神社」に祀られていました。(写真上右)   チャンチャン

835キロの大バス旅行

 そうして今回の3日間。私たちにとってはなかなかに楽しい旅となりました。小倉駅から博多駅まで3日間約853キロ、おひとりで運転なさった祐徳バスの運転手さん、 阪急交通の添乗員の方、お世話になりました。ありがとうございました。(2018,9)

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